暗号通貨の暴落とWEB3業界におけるガバナンス問題

近年、Web3に対する関心が高まっている。Web3とは、これまでの中央集権型ネットワークから、自律分散型ネットワークへと移行した新しいネットワークのあり方やビジネスモデルをいう。これまで、オンラインの市場は、GoogleやAMAZON、FACEBOOK(META)など大手企業による支配が強かった。こうした中央集権的なネットワークを中心とする市場では、個人情報の管理や競合他社との関係性など多くの問題が指摘されてきた。そうしたなかで特定企業の集権的な管理に頼らないWeb3は、新しい社会のあり方として注目を集めたのである。

この自律分散型ネットワークを実現するのが、ブロックチェーンと呼ばれる技術である。ブロックチェーンは、ネットワーク上の参加者間の取引記録が参加者に分散されて保持されものであり、特定の管理者による制御を必要としない。ブロックチェーンの代表的なものが、暗号通貨で最も有名なビットコインである。ビットコインは、少しずつ認知度を上げ、資産としての価値を見出されたことで2018 年ごろに200 万円まで高騰するバブルを産んだ。その後も、徐々に価格を上げ、2020 年から投資が集中して700 万円を超える金額で取引されるに至った。2020 年以降、ビットコインは、大幅な値動きをしながら、暗号資産投資の注目を集める原動力となった。2020 年以降の暗号資産市場は、多くの専門家やインフルエンサーによりビットコインの価値が上昇し続けるとの見解が示されてきたことからも典型的なバブル景気であるといえるだろう。しかし、アフリカ諸国による法定通貨への指定やアメリカや中国によるデジタル通貨発行の決定、UAEによる暗号通貨の促進など、暗号通貨に期待するに十分な材料が揃っているため、すでに終わったものという印象も今の所ない。

また、ビットコイン以外にも続々と新規の暗号通貨が発行され、新ビジネスの資金調達の手段としても活用されている。本来、株式会社は、株式を発行して各国法の規制を受けながら、運営され、厳しい上場規則をクリアすることで、やっと市場から資金調達することができる。だからこそ、上場企業に対する社会からの信用は高いのである。しかし、暗号通貨を使用することにより、こうした丁寧な段階を踏まずに、手軽に世界中から資金調達をすることができるようになった。これは、創業ブームを生みつつも、なかには詐欺やポンジスキームとして用いられるものもあるなどの問題点を孕みながらも、投資家の出資を集めている。

そして、2022年4月から5月にかけて、ビットコインの暴落を引き金に多くの暗号通貨を巻き込んだ暗号通貨市場の大暴落をするに至った。長い歴史を見れば、価値の上がり続けるものは存在せず、バブルはいずれ弾けるものである。専門家やインフルエンサーの煽りによって判断を誤る投資家はいたであろうが、暗号通貨市場でも、いわゆるバブル的な価値の高騰と暴落を繰り返すことは、個人投資家の言動を見ても想定されていた。それにもかかわらず、暗号通貨市場の大暴落は、コインポストの報道によると、Bybitという取引所において24時間で計上されたデリバティブ取引のロスカット額が1000億円を超える規模であった。

なかでもLUNAとUSTという2つの銘柄の大暴落は、歴史まれに見る暴落であった。2022年4月5日の段階で119.5ドルを記録したLUNAは、ビットコインの下落に同調して5月5日に78.235ドルを記録した。この時点では、他の暗号通貨とくらべて大した下落をしていなかったが、5月9日から大幅に下落し、最終的には0.00001515ドル(取引所によって異なる。ここではBinanceの価格を基準とする)にまで下落し、多くの取引所でデリバティブ取引が停止され、一部の取引所では、現物取引も一時的に上場廃止が決定された。過去にオランダで発生したチューリップバブルは、大邸宅2軒分もの価値まで高騰したチューリップが元の100円程度の価値に戻るのにたったの一晩しか要さなかったと言われているが、まさに、今回のLUNAの大暴落はそれを彷彿とさせた。

この下落の背景には、Web3業界、特に暗号通貨市場の問題点が見え隠れしている。まず、このLUNAとUSTの2つは、Terraform Labsによって発行された暗号通貨である。USTはステーブルコインと呼ばれ、USドルペッグの通貨として利用されていた。USTをドルにペッグするために担保は使用されず、LUNAという自社の通貨をミント(生成)、もしくはバーン(焼却、つまり通貨を市場から排除)することによってUSドルの価値を保持するというアルゴリズムが使用された。つまり、USTがUSドルに対して高い場合は、USTの需要に対して供給が不足していることを示すため、USTを発行するために、LUNAをバーンすることでUSTを生成する。そして、USTがUSドルよりも安くなっている場合は、USTの供給が過剰であるため、USTをバーンしてLUNAを生成する。このように、相互にバーンすることによって、価値が保存される仕組みになっていた。 

そのLUNAの価値を高めていたのは、Terraの準備金を保持する役割を担うLuna Foundation Guard(LFG)という財団が大量に保持していたビットコインであった。LFGは、ビットコインの発明者であるSatoshi Nakamotoに次ぐビットコインの保持者になることを掲げ、この下落のなかで大幅にビットコインを買い増していた。余談にはなるが、法定通貨に指定し始めたアフリカ諸国やビットコインを保持する機関投資家、そしてLFG自体もこの下落時にビットコインを買い足していることはオンチェーンデータからも読み取ることができた。これらの機関投資家による買い注文を成り立たせるため価格操縦がなされ、下落の一途を辿った可能性がある。

話をLFGの件に戻すと、ビットコインによって維持されていたLUNAの価値は、ビットコインが下がれば当然下がる。この時点で、USTの価値を保持するための能力が低下していることは明らかである。そのようななかで、USTのUSドルに対するペッグが外れた(デペッグ)のである。このデペッグの原因は、ヘッジファンドの攻撃によるものであるとする説があるがその真偽のところは今の所不明である。USTがデペッグしたということは、USTが供給過多の状態に陥ったことを意味するため、USTをバーンしてLUNAを生成する処理が行われた。その結果、LUNAの発行数が増加するため、当然LUNAの価値が下落することになった。

それだけではない。このアルゴリズムは、LUNAおよびUSTの価値を失墜させることにつながった。USTの下落は、当然LUNAの信用の失墜につながり、すでに暗号資産市場の大暴落で落ちていたLUNAの投げ売りが始まり、デリバティブ市場では、LUNAとUSTに対する空売りが集中した。これにより、USTのデペッグからほぼ1日程度の間に、LUNAという時価総額4兆円超、全体の10位以内の有力通貨が99.9%下落するという歴史的な出来事になったのである。なお、LUNAは、元々10億トークンが発行されていたが、この崩壊後にアナウンスもなく7兆トークンものLUNAが生成された。こうした不誠実な行動は、株式市場では絶対に許されないものである。

この一連の下落の背景に、自律分散型を謳いながらも集権的な力を発揮できる組織の問題が存在すると筆者は考えている。テラが発行する通貨の準備金を保持する役割を担っているLFGは、ビットコインの長期間におよぶ下落の間にビットコインを大量に購入していた。ステーブルコインを発行する企業でありながら、他銘柄を購入して影響力を高めることができる構造は本質的におかしい。しかし、そうした価値のジャッジは市場に任せられており、その市場がそうした企業やプロジェクトに強く関連して変動する訳ではなく、ビットコインの変動に大きく影響を受けているところがある。また、他のステーブルコインであるUSDT(テザー)やBSUD(バイナンス)も集権的に企業が管理する通貨である。規制の甘い市場のなかで、自社の発行通貨を悪用する可能性は十分に考えられる。

自律分散型のネットワークを売りとするWeb3業界は、すでに世界を股にかける市場として形成され、止まることのない需要を生み出している。この国家の枠を飛び出した市場のなかで、企業はいかなるガバナンスを構築するべきなのか、また、どのようなロジックでこの市場にガバナンスを求めるのか、新しい市場の研究を進めることは私たち経営学者にとっての急務なのではないだろうか。

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