経営学から診る「好きを仕事にする」ということ 

昨今、就職活動において、好きなことを仕事にした方がいいとか、やりたいことを見つけるとか、自分探しなど、大変耳障りのいいフレーズが飛び交っています。おおよそ、自分のやりたいことをやり、やりたくないことはやらないというスタンスであると思います。確かに、そのように考えることは個人の自由であるし、好きなことで生活できればそれに越した事はありません。ただ、本コラムでは果たしてそれは可能か?ということを経営学的に考えていきます。

 厚生労働省が2020年に報告したデータによると入社3年以内の離職率は、大卒で約33%です。あくまで平均なので、業界や企業規模などにより50%を超える業界もあります。他にもパーソナル総合研究所によると、入社前と入社後とで会社へのイメージにギャップがあったと答えた割合は、約77%にまでのぼりました。好きな仕事、やりたい仕事として入社しても、その後大多数は理想と現実とのギャップに悩んでいます。おおよそ、潜在的にやめたいと思っている人はもっと多く、データからも好きなことを仕事にすることが困難であることが容易に想定できます。

 以下では経営理論的に考察していきます。

 結論を先に言うと、恒常的に好きなことを仕事にすることはほとんど不可能です。その理由は、仕事を選ぶ主体そのものの好きな対象が恒常的であると保証できないことや、仮に主体の好きな対象が恒常的であっても、会社の都合で他の事業などに異動する可能性があること、などが考えられます。他にも「限界合理性」により、予測することが困難なことがあげられます。

 「限界合理性」は、1978年のノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが提唱した理論です。この理論は、人間は認知能力に限界があるが故に最適解を選択することはできず、達成希望水準に達した満足解しか追い求めることができないことを提唱しています。人間は、物事を選択する際に全ての選択肢を羅列することはできず、せいぜい数個しか頭に思い浮かべることしかできません。さらに、それぞれの選択肢の結果を予測することも不可能です。人間の認知能力の限界により、現段階において満足解を見つけることしかできないのです。

就職活動において、自分のやりたいことができる会社を見つけると言うことが目的としましょう。現在の自身における認知能力の限界から、その選択肢は数社、せいぜい数十社が限界だと思います。世界にまで視野を広げ、数百社、数千社探せば、好きなことができる会社はあるかもしれませんが、現実問題不可能と言えます。結局は、数社、数十社の中から選択をするしかありません。また、それぞれの選択肢が将来的にどうなるかを予測することも困難です。不確定要素が多すぎるのです。さらに、日本における就職活動は、企業側も就活生側も本当のことを言わず、限られた範囲内でお互いを評価する、表面的な関係でしかありません。仮に、認知能力が無限で神のような全知全能でも、情報の非対称性から最適解を見つけることは不可能です。繰り返すように、現状をしっかりと認識し満足解を見つけるしかないのです。

 さて、少し辛口になりましたが、私も好きなことが仕事としてできるならば、是非皆さんにやってもらいたいと心から願っております。本コラムの意義は、現状「好きなことを仕事に」というフレーズが一人歩きし、就活市場、もっと言うと労働市場で何が起きているかという本質的なことから目を背けないでほしいことです。ワークライフバランスを是非とってもらいたいです。しかし、取れないからこそアンチフレーズとして「好きなことを仕事にしよう」が出てきていると思います。「好きなことを仕事に」が出てきていれば、そもそもこのようなフレーズがあるはずがありません。

 最後に、あくまでも理論は理論です。今後、テクノロジーの進化とともに人間の認知境界は格段に広がると思います。その際、人間における最適解は存在しないにせよ満足解の範囲は広がると考えます。しかし、未来の予測は大変、不確定要素が多いために困難です。したがって、好きなことを仕事にするよりは、仕事を好きになる、またはより高次元の対象を好きになる(例えば人と接することが好きなど)といった考え方の転換が一つの方法として必要だと思います。人生、楽しいこともあれば大変なこともあります。私は、好きなことをいつかやるために、今好きではないことを一生懸命にやるといったスタンスで生きています。何が正解かわかりません。「こんなはずじゃなかった」と言う人は、安心してください。全員がそうなのです。このようなことを前提にして行動することにより、気持ちが少し楽になるかもしれません。

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